プロフィール

2:大学進学で大阪へ

高校生になると既に
息苦しさを感じていました。

 

怒ることもない優しい両親、
何不自由ない生活。

でも
「楽しいこと」
「嬉しいこと」
「感動すること」

そんな心動くことがありませんでした。

なかったというより、
このとき既に
感じる事ができなくなっていた
のかもしれません。

 

そんなとき、
偶然教室に張り出されていた、
大学への”指定校推薦”の紙が
目にとまりました。

ふつうの学力の私には
到底入学できるはずもない
大学への「推薦枠」。

ほんとうは地元の大学への
進学を望んでいた両親も
通常の私の学力では絶対に
入れない大学への進学となると
喜んで大阪へ送り出してくれたのです。

 

こうして「有名私立大」
へ進学したことで、
”何もないわたし”から
”有名私立大”へ進学した
”良い娘”という、
両親から愛される要素が加わりました。

 

しかし、進学した先は
「やりたいこと」があったわけでなく、
なんとなく選んだ大学。

やる気もなく、
通う理由も見いだせません。

「アルバイトはしなくていい、
仕送りするから」
優しい両親は真面目に
大学に通って卒業することを、
ただ望んでいました。

 

この時には親の思い描く
「理想の私の人生」
に気づいていました。

 

有名私大を卒業後、
大手企業に正社員として入社・・・
その後いい人と結婚して、
(高学歴、高収入、良い家柄)
幸せに暮らしてほしい!

これが両親の望みだと
痛いほど分かっていましたし、
その期待に沿って生きようと
思っていました。

でも大学3年生になったとき、
もう大学に通う気が
全くなくなってしまったのです。

 

「こんなところで」
「何をしたいわけでもないのに」

やりたいこともなく、
ただ毎日大学に行き、
淡々と日々が過ぎていく。

そんな代わり映えのない日々が
苦痛であり、不安でした。

 

そして憂鬱さが増し、
両親には内緒で大学へ2ヶ月間
通うのをやめました。

その影響で多くの単位を
落とすことになり
卒業が怪しくなったのですが・・・。

 

 

しかし大学3年の時期は
周りが就職に向けて動き
始めるタイミング。

私もその波に混ざり、
ここでもまた”なんとなく”
やりたいとも思っていない
就職活動を行いました。

エントリーしたのは10社にも
満たなかったと思います。

その中で最初に採用された
英会話教室に就職を決めました。

どこでもいいと思っていましたし、
何より就職活動を
もうやりたくなかったから。

 

 

結局4年生で毎日大学へ毎日通い
なんとか卒業することが出来ましたが、
大学ではサークルにもなじめず
途中でやめ、友達という友達も出来ず

「やりたいこと」
「楽しいこと」

そんなことに何も出逢えませんでした。

 

でも「有名私大卒業」
という肩書きを手にして、
両親から愛されるアイテム
またひとつGETしたのです。

 

my story3:「就職先はブラック企業」へ続く